バレエ音楽「ガイーヌ」より“剣の舞”(ハチャトゥリアン)
彼の作品は民族色が濃く、またリズム感に溢れ舞曲的な要素にあふれたものです。そこで本日は、彼の代表作であるバレエ音楽「ガイーヌ(Gayaneh、ロシア語の発音では「ガヤネ」)」をご紹介します。
「ガイーヌ」は、キーロフ・バレエ団からの委嘱作品で、第二次大戦初期の1942年に初演されました。アルメニアのコルホーズ(集団農場)を舞台に、若い女主人公「ガヤネ」を中心とした愛と裏切りと戦争の危機がからみあう作品です。初演の原典版では、大戦中という時代を背景に愛国色の強い内容となっていましたが、戦後の1958年に改定された版では、愛国的な要素を減らしガヤネをめぐる若者二人の友情と葛藤の物語に書き換えられました。
「ガイーヌ」は、現在ではバレエ作品としての上演よりも、作曲者自身によって編まれた3つの組曲(全21曲)の管弦楽作品としてオーケストラで演奏されることのほうが多くなっています。中でも最も有名な曲が「剣の舞(Sabre Dance、露:Танец с саблями)」です。
「ガイーヌ」完成当初、この曲は含まれていませんでした。しかし初演の前日になって、「クルド人が剣を持って出陣の舞踏をする場面」を急遽追加することになり、ハチャトゥリアンが徹夜で完成させました。演奏時間2分半ほどの短い曲で、剣を持って踊るのにふさわしい野性的な激しいリズムを、打楽器で効果的に表現しています。
この「剣の舞」は異常なほどの人気を博し、初演後の数年間、世界で最高の人気曲の地位を保ったといわれます。「作曲家ハチャトゥリアン」の名はこの曲によって後世に残ったといえます。日本でも小学校の教科書に載っていますから、全国民が一度は聴いたことのある曲でしょう。
2つの映像をご紹介します。
まずは、オーケストラによる一般的な演奏です。(演奏者不明)
こちらは、バレエ音楽としての上演です。若干の編曲が加えられているようですが、この曲本来の姿がよく分かる映像です。(ロシア国立ワガノワ・バレエ・アカデミー)
【おすすめ音源】
ハチャトゥリャン: 管弦楽作品集 ~剣の舞(視聴可能)
バレエ組曲「ガイーヌ」より“剣の舞”など4曲のほか、組曲「仮面舞踏会」「スパルタクス」の有名曲を収録したCD。
剣の舞(視聴可能)
MP3ダウンロード。ウラジーミル・フェドセーエフ指揮、モスクワ放送交響楽団。
【おすすめ楽譜】
スコア ハチャトゥリャン 「ガイーヌ」第3組曲 (Zen‐on score)
「剣の舞」ほか、「クルドの若者たちの踊り」「序奏と長老たちの踊り」など、「ガイーヌ」から6曲を収録したスコア(総譜)。
ピアノピースー274 剣の舞/ハチャトリアン
ピアノ独奏用に編曲された楽譜。難易度は「C」。
PDPー066 剣の舞(連弾)/ハチャトゥリアン
ピアノ連弾用の楽譜。
【おすすめ書籍】
剣の舞 ハチャトゥリヤン―師の追憶と足跡
ハチャトゥリアンに才能を認められ彼の弟子となった作曲家・寺原伸夫の著書。ハチャトゥリアンとの出会い、モスクワ音楽院留学の思い出、ハチャトゥリアンとの対話などが綴られている。
組曲「沙羅」より“丹澤”(信時潔)
ドイツへ留学したこともあり、作風はドイツの古典派の影響を受けて簡素で重厚な雰囲気なものとなっています。また、山田耕筰の曲のような都会的洗練とは対照的な、明治人らしい武骨な気概が感じられます。
本日は、彼の代表的な歌曲作品である「沙羅」をご紹介します。
この曲は、東京音楽学校の同僚であった国文学者・清水重道の詩に作曲し、1935(昭和10)年に完成しました。下記の全8曲から成る組曲です。
1.丹澤組曲と言っても統一された物語性はなく、しばしば各曲は単独でも歌われますが、全曲すべてが全く虚飾なく、簡素で詩の本質に迫った曲で、全曲通して歌われることで作曲者の美意識に一層迫ることができます。
2.あづまやの
3.北秋の
4.沙羅
5.鴉(からす)
6.行々子(よしきり)
7.占ふと
8.夢
2010年6月28日の記事では第3曲「北秋の」をお送りしました。本日は第1曲「丹澤(たんざわ)」をお送りします。神奈川県西部の山・丹沢の尾根から見た秦野の街の風景を歌っています。
枯れ笹に陽(ひ)が流れる、背に汗なおこの曲については、テノール歌手の木下保が1943年に以下のような解説を書いています。
うらうらと雲さへも、冬なのに
尾根長く檜洞(ひのきぼら)こえて響く澤おと
どの山も崩土(がれ)の色だけは凍(い)ててゐる
塔のむかふ町並み光らせて秦野(はたの)
見やる天城(あまぎ)も明るい草附き
雪の来ぬ冬山のくぼに 煙草吸うて見る
ひとり
(注)檜洞=檜洞丸、塔=塔ヶ岳(いずれも丹沢山地の峰の名)
(沙羅8曲全体について)
日本人でなくては到達できない心境、たとえば静寂、寂寥と言った感情
御能の表現の仕方を考えつつ、能とは違う技巧で
日本人の現代の表現法というものを築き上げなければならない。
西洋の歌曲は思ったことを100%表現するが、
日本語の歌曲では思い詰めたある小部分を鋭く現して
それで思いの全体をこめたものを感得させる。
(「丹沢」について)
西洋音楽の形式からは離れているが、全体として統一感がある。
旋律的には透明なしかも色彩豊かな母音で歌ふとよい。
たとえば「うらうらと」の部分は、明るすぎず、暗すぎない、
曖昧で丸みのある、輝いた発声で歌わねばならない。
映像は、バリトン歌手・右近義徳さんによる歌唱の録音です。
【おすすめCD】
SP音源復刻盤 信時潔作品集成
戦前の録音を復刻した6枚組CD。合唱曲、独唱曲、小学唱歌、ピアノ曲、校歌など、信時の代表作をもれなく収録。現在ではほとんど演奏されなくなった曲も多く入っている貴重なアルバム。組曲「沙羅」の歌唱は木下保。
信時潔歌曲集
1995年、信時没後30周年&戦後50年の特別企画で発売された。組曲「沙羅」「鴬の卵」、名曲「海ゆかば」等を収録。歌唱は声楽界の重鎮であるバリトンの畑中良輔。絶版で入手困難だが、現在聴くことの出来る組曲「沙羅」の録音では最も優れたもので、まさに手本とすべき名唱。図書館等で借りられる人は是非一度聴くとよい。
日本歌曲 山田耕筰歌曲(II) 信時潔の歌曲
2008年発売の新しい録音。2枚組CDの2枚目が信時の作品。組曲「沙羅」「小倉百人一首」「鶯の卵」、万葉集の長歌に作曲した「不盡山を望みて」など27曲を収録。
木下保指導による 混声合唱曲集 沙羅
NHKのラジオ番組「おはようコーラス」(1978年)と「FMクラシックアワー」(1979年)で放送された、木下保指揮、東京放送合唱団の歌唱の録音。CDとしては珍しくリハーサル風景も収録。
【おすすめ楽譜】
女声合唱組曲 沙羅
男声合唱組曲 沙羅: 改訂新版
信時潔独唱曲集
トッカータとフーガ ニ短調 BWV565(J.S.バッハ)
数多いトッカータ作品の中でも圧倒的に有名な曲が、「音楽の父」ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685-1750) の作品「トッカータとフーガ ニ短調」(Toccata and Fugue in D Minor)BWV565です。本日はこれをご紹介します。
この曲は演奏時間が10分前後、そのうち冒頭のトッカータ部分が約3分で、重厚で強烈な印象のある、誰でも知っているであろう有名な旋律です。バラエティ番組において悲劇をパロディ的に表現する場合などにもよく使われます。
ただしこの曲、有名で良く演奏されるものの、他のバッハの作品にはない特徴があるほか、バッハの自筆譜が残っていないことなどから、実はバッハの作ではないという説や、元はバッハがバイオリン曲として作曲したものを後世の音楽家がオルガン曲に編曲したものとする説などがあります。
映像は、ドイツの指揮者でオルガン・チェンバロの奏者でもあったカール・リヒター(Karl Richter, 1926-1981)による演奏の模様です。
【おすすめ!】
トッカータとフーガ / バッハ : オルガン作品集(試聴可能)
フランスの女性オルガニスト、マリー=クレール・アラン(Marie-Claire Alain, 1926-2013)のアルバム。「トッカータとフーガ ニ短調 BWV565」など、バッハの有名オルガン曲を11曲収録。
ピアノピースー355 トッカータとフーガニ短調
ピアノ用の楽譜。